GLP-1が持っているさまざまな効果
そもそもGLP-1とは、どのように臨床に応用されるようになったのでしょうか。GLP-1を含めたインクレチンの歴史は、100年以上の長きに渡ります。
インクレチンの発見は、1902年にBaylissとStarlingによって発見された“secretin”にさかのぼります。セクレチンは、最初に発見されたホルモンで十二指腸より分泌され、膵外分泌腺に働いて消化液の分泌を促進します。1906年、Mooreらは十二指腸粘膜の酸抽出物が 糖尿病患者の尿糖消失と体重増加を生じさせたことを報告しました。それから相次いで粗製セクレチンの血糖改善効果についての論文が発表されました。これが腸管より産生される物質が、おそらくインスリン分泌を促して血糖を低下させるとする「インクレチン」概念の始まりです。
1932年、La Barreが始めてこれらの概念に対し、「インクレチン」と命名しました。その由来は「Intestine Secretion Insulin(INCRETIN)」で、すなわち腸管由来のインスリン分泌刺激因子と理解されますが、残念ながら、その後30年間インクレチンに関する研究は殆ど行われることなく経過しました。
ところが、1960年BersonとYalow によってインスリンのradioimmunoassay(RIA)が開発され,血中インスリンの測定が可能になったことから,インクレチンに関する研究は再度復活しました。Elrickらはグルコースの経口、経静脈投与により、McIntyreらは経腸、経静脈投与により、血糖をほぼ同程度に上昇させると、経口、経腸投与の方がはるかに多いインスリン分泌を惹起することを明らかにしました。このことから、インクレチン効果が実証されたのです。
1970年、Brownらにより、インスリン分泌を促進するGIP(glucose-dependent insulinotropic polypeptid)が発見されたことを皮切りにGIPの研究は徐々に進み、Bell らによるグルカコン遺伝子構造の決定がインクレチン研究に大きな展開をもたらすことになりました。それまで膵を切除しても粗グルカゴン抗体と反応する物質が存在するところから、腸管にグルカゴン様物質(Gut Glucagon-Like Immunoreactivity : GLI)の存在が示唆されていました。当時、膵グルカゴンのみと特異的に反応する抗体は Unger らによって作製された 30k のみでしたので、「腸管グルカゴン(GLI)=粗グルカゴン反応物質−膵グルカゴン」で算出されていましたが、その本体については不明でした。ところが、プログルカゴンが構造決定されると、膵ではプログルカゴンからグルカゴンが産生され、腸管ではグルカゴンは産生されず,グリセンチン,GLP-1,GLP-2などが産生されるという臓器特異性の processing が存在することが明らかになり、GLP-1が注目されるに至りました。その後、GLP(1- 37)にはインスリン分泌促進作用は存在しないこと, 血中での活性体としては GLP-1(7-37),(7-36 amide)の形態で存在し,いずれもグルコース濃度に依存して強力なインスリン分泌促進作用を示すことが明らかにされました。2型糖尿病患者においてもインスリン分泌を促進し、血糖値を改善すること、血糖値が正常以下に低下するとこのようなインスリン分泌増加はみられず、糖が生じにくいことなどが明らかにされました。
このように、GLP-1の発見の歴史は長いものの、糖尿病の治療薬として臨床活用されるようになったごく最近のことですが、近年では、血糖や食欲抑制効果以外に関する作用にも注目が集まっています。
GLP−1は、インスリンの分泌を促進する作用や食欲抑制作用のほかにもさまざまな生理作用が分かってきています。
・すい臓への作用……血糖値が高い場合にインスリンの分泌を促進、血糖値を上げるホルモンであるグルカゴンの分泌を抑えるほか、すい臓の細胞を守り、細胞を増やしてインスリンの分泌を増やす効果も期待されています。
・胃への作用……胃のぜん動運動を抑制し、摂取した食物の胃からの排出を遅らせます。消化能力が落ちることで空腹になるまでの時間も長くかかり、その結果、自然と食欲が落ちていきます。
・脳への作用……視床下部の摂食中枢に作用し、食欲を抑える効果があることが認められています。また、損傷を受けた脳細胞を保護し、神経細胞の増殖を促進する可能性があることが分かり、アルツハイマー病の予防にも役立つのではないかと研究が進んでいます。
・肝臓への作用……グルコースの産生を抑えるほか、動脈硬化や心筋梗塞などのリスクを高める脂肪肝の抑制効果が期待されています。
・腎臓への作用……余分な水分やナトリウムの排出を促す利尿作用があります。
・心臓、心血管への作用……心筋を保護し、心機能を高める、心不全のリスクとなる脂肪酸代謝の抑制が認められているほか、血管を拡張し血圧を低下する効果も期待できます。
・骨格筋への作用……筋肉におけるブドウ糖の取り込みを促進します。
・脂肪への作用……細胞内に余分なエネルギーを脂肪として蓄える白色脂肪細胞に作用し、脂肪分解を促すほか、体内の余分なエネルギーを熱に替えて放出する褐色脂肪細胞に作用し、熱産生を増加。余分な脂肪を燃焼する効果が期待できます。
・免疫系への作用……肥満により自己免疫性炎症疾患の発症リスクが高まることが明らかになって来ましたが、GLP−1によって肥満が解消されることで炎症が抑えられる効果が期待できます。