GLP-1製剤のヒントになった「アメリカドクトカゲ」

他のコラムでもお話したように、GLP-1は、人体において非常に重要な生体ホルモンです。GLP-1は、食後の血糖上昇に応じて、膵β細胞のインスリン分泌を促進する一方、血糖上昇作用のあるグルカゴン分泌を抑制するとともに、胃内容物排出を遅くし、かつ中枢性に過食を防ぐ作用もあります。ところが、GLP-1は、生体内ではDPP-4(dipeptidyl peptidase-4)により半減期1~2分ほどの早さで分解され、効果はすぐ失われてしまいます。
この問題点に対しては、大きく2つの解決策が挙げられます。
一つは、GLP-1 を分解してしまうDPP-4の活性を阻害することによって、生体内のGLP-1を長持ちさせようというのが、DPP-4阻害薬というお薬の存在です。そして、もう一つが、メディカルダイエットでも用いられるGLP-1受容体作動薬という注射薬です 。
このGLP-1受容体作動薬は、本来生体内では半減期1~2分の早さで分解されてしまうGLP-1の欠点を改良すべく、GLP-1の構造を分解されにくいように変えて作られたものなのです。
GLP-1受容体作動薬は、糖尿病や肥満の治療薬の製剤として世界的に用いられていますが、そもそもの発見のきっかけとなったのは、あるドクトカゲの毒、というのですから、驚きです。
その改良型GLP-1とも言うべき構造のヒントとなったのは、アメリカドクトカゲ(英語でヒラ・モンスター)という生き物です。
世界のトカゲ類の中でも、毒を持つトカゲは、アメリカドクトカゲとメキシコドクトカゲだけだそうです。
このアメリカドクトカゲは、同じ北米大陸に生息する大型のメキシコドクトカゲに比べて、体長50cmぐらいの小型のトカゲで、主にアリゾナ砂漠や草原など乾燥地帯に住んでいますが、人間による開拓の影響で生息数が減少し、準絶滅危惧種になっています。
なお、基本的には、人を襲ったりすることはないと言われていますが、そうは言っても、もし誤って踏んだりして噛まれてしまうと、大変なことになりかねません。
噛まれると、激しい痛みや患部の腫れ、浮腫、眩暈、吐き気、重篤な例では心臓への異常、アナフィラキシーショック等の症状が出ることがあります。
ただし、健康な成人の場合は噛まれても死に至ることは稀とされています。
余談ですが、日本国内では、名古屋の東山動植物園や、北海道の円山動物園などでお目にかかることができるようです。
しかし、何と言っても、ここで興味深いのは、このアメリカドクトカゲは、小型哺乳類などの獲物を腹いっぱい飲み込んでも、ほとんど血糖値は上昇しないと言われていることです。
この、ヒトとは全く異なる生物の特異的な特徴こそが、現在世界中で多く使用されるGLP-1 製剤のきっかけになろうとは、本当に驚きしかありません。
実際には、1992年に糖尿病専門医であるJohn Eng(ジョンエン)教授が、このアメリカドクトカゲの口腔内の毒液からヒトGLP-1 とアミノ酸配列で53%の相同性を持つペプチドを発見し、それをexendin-4と名付けました。
これはDPP-4の作用部位であるN末端から2番目のアラニンがグリシンとなっておりDPP-4で分解されにくい構造になっています。これが現在のGLP-1受容体作動薬の原型であり、exendin-4をもとに、現在日本においても、いくつかのGLP-1受容体作動薬が製剤として使用されています。
バイオベンチャーのアミリン社とイーライリリー社により世界最初に開発されたのが合成exendin-4が、エキセナチド(バイエッタⓇ)です。まずは、2005年に米国で発売され、内外の糖尿病学会でも大きな話題になりましたが、日本での発売開始は2010年のことです。
「ドクトカゲの唾液とか毒とか、そんなお薬を使っても大丈夫なのか?」と心配される患者さんもいるかもしれませんが、使用されるGLP-1受容体作動薬は、正確には「毒」そのものではなく、あくまで「毒」をヒントにして合成された「薬」ですから、全く心配することはありません。
バイエッタⓇは、比較的作用時間が短く、Short acting製剤という位置付けになります。従って、使い方としては、1日2回朝夕食前にペン型注射器で1回5μgを注射をすることになり、1カ月以上後に1回10μgに増量します。
なお、腎臓で分解されるので透析患者を含む腎機能高度障害者には使用できません。
副作用は、悪心・嘔吐、食欲減退、便秘などであり、他のGLP-1受容体作動薬と同様です。
本剤は胃からの排泄抑制作用が強く、「嘔気・胃部不快感も副作用だ!」と言えばそうなのですが、使用してみると食欲が抑制され、これが本剤の効果とも言えます。
もう一つShort actingタイプのGLP-1受容体作動薬をご紹介すると、サノフィ社より発売されたリキシセナチド(リキスミアⓇ)が挙げられます。
このリキシセナチド(リキスミアⓇ)は、エキセナチドのN端から38位のプロリンを抜きセリンを付加、さらにリジンを6つ付けた製剤です。こちらも作用時間が比較的短く半減期は2.1~2.5時間程度ですが、使用方法としては、1日1回10μgから開始し、1週間以上あけて、15μg、20μgと少しずつ増量していきます。
なお、エキセナチドは、発売当初インスリンとの併用データが十分でなく、インスリンと併用をしない使われ方をするのが多いのですが、一方で、リキスミアⓇは持効型または中間型インスリンと併用については、持効型インスリンで空腹時血糖をコントロールし、リキスミアⓇで食後血糖をコントロールするBPT(Basal supported post Prandial GLP-1 therapy)とも名付けられている考え方で、使用されます