糖尿病と腸内細菌叢
2型糖尿病や肥満症と健常者の腸内細菌叢を比較する研究のなかで,これまで海外で数多く報告されてきた情報がそのまま日本人の腸内細菌叢解析に適応できないことが多々あります.
健常者に比較して糖尿病患者では,Roseburia intestinalisやFaecalibacteriumprausnitziiなどのファーミキューテス門の減少,バクテロイデス門,プロテオバクテリア門の増加がみられることが欧米の研究者から報告されました.
ところが,日本人の腸内細菌叢を健常者と2型糖尿病で比較すると, 2型糖尿病ではバクテロイデス門が減少し,ファーミキューテス門,アクチノバクテリア門が増加し,欧米とは全く異なる結果でした.
この結果はきわめて重要です.日本人の腸内細菌叢には海外の腸内細菌叢との大きな違いがあることはすでに指摘されていて,糖尿病などの疾患研究を進めるうえでも留意すべき知見と考えられます.さて,糖尿病におけるディスバイオーシスの原因は何でしょうか?特に食事の影響が大きいとされています.そこで京都府立医科大学糖尿病内科の濱口真英博士,福井道明博士らの共同研究において,糖尿病患者の腸内細菌叢の変動と食事,薬剤などとの相関解析研究の結果,特定の腸内細菌叢の相対的な量的変動と特定の食事成分との間に関連があるものがいくつか見つかっています.この検討では,対照群に比較して糖尿病群でビフィズス菌が増加していましたが,その増加に正の相関を示す食事因子として砂糖(sucrose)が検出されました.糖尿病という病気は「砂糖がほしくなる病気」なのかもしれません.
Akkermansia muciniphilaは,糖尿病で増加することが示されていましたが,その後の報告ではその減少なども報告されています.
米国イリノイ大学の研究チームは,糖尿病発症リスクの高い男性116人を対象に調査し,血糖のコントロールの良好なグループではいわゆる有用菌が多くみられ,血糖のコントロールが不良なグループでは有用菌が減り,有害菌が増加していることを報告しました.特に血糖値がずっと正常な男性にはAkkermansiamuciniphilaと呼ばれる有用菌が多いとされています.残念ながら,Akkermansiamuciniphilaは日本人にはきわめて稀な菌種のようです.Akkermansia muciniphilaについては,肥満症との話の中で改めて述べたいと思います.
ディスバイオーシスは腸管バリア機能障害,炎症を誘導する日本の2型糖尿病患者においても腸内細菌叢が乱れているようです見佐藤らの研究は,ディスバイオーシスによって腸管粘膜上皮のバリア機能が壊れ,生きた細菌が血液中に移行しているという少しショッキングな結果でした.糞便中の短鎖脂肪酸(SCFA)の解析では,2型糖尿病患者は対照者と比べて,酢酸プロピオン酸濃度が有意に低下していました.日本人の糖尿病患者では,その原因が食事の問題なのか,腸内細菌叢の問題なのかはわかりませんが,いわゆる発酵菌による発酵反応が低下していることは確かなようです.さらに,血液中に含まれる腸内細菌が,対照群では4%に,2型糖尿病では28%に検出されました.糖尿病におけるインスリン抵抗性の病態には,慢性的な炎症の関与が示唆されていますが,腸内細菌叢の乱れの結果,腸内腔から血液中に移行した腸内細菌が2型糖尿病に伴う慢性炎症に関与する可能性を示しています.
メトホルミンはAkkermansiaを増加させることで耐糖能を改善させる可能性が報告されていましたが,今回の検討ではメトホルミンはBifidobacteriumadolescen-tisを増加させ,その増加はHbAlcと負の相関を示しました.さらに,メトホルミン内服群3例の糞便をそれぞれ無菌マウスに移植し,耐糖能に与える影響も検討したところ,移植マウスの糖負荷後の血糖上昇は有意に抑制され,メトホルミンによる腸内細菌の組成変化が耐糖能改善に寄与することがより直接的に証明されました.
このメトホルミンがBifidobacteriumを増加させる機序として,新しい可能性が報告されています.神戸大学のグループはPET-MRI装置を用いて,メトホルミンを服薬している糖尿病患者の体の中でブドウ糖の動きを調べました.その結果,非服薬群に比較して服薬群では,回腸,大腸にブドウ糖が集まっていることを見出しました.メトホルミンには,血中のブドウ糖を便の中に出す作用があるようです、このブドウ糖がBifidobacteriumの大好きな餌になっていると想像しています.
京都大学の松田文彦博士らのグループは,糖尿病患者と対照群の血液中の代謝物を網羅的に質量分析計により測定し,糖尿病患者では腸内細菌叢によって生成される代謝物である”4ークレゾール”の血中濃度が低下していることを明らかにしました.
さらに,4-クレゾールによる刺激により,肝臓の肥満と脂肪蓄積の減少,膵臓質量の増加,およびインスリン分泌と膵臓β細胞の増殖の両方の作用が得られることを発見しました.4-クレゾールはフェノール類に分類される有機化合物であり,今後は創薬に向けた動きが加速するかもしれません.
腸内細菌叢を利用して糖尿病を予防あるいは治療しようとする試みも盛んにおこなわれています. ある研究では,2型糖尿モデルであるOLETFラットに長期に水溶性食物繊維(グアーガム分解物,サンファイバーR)を与える実験を1年以上続け,糖尿病の発症を遅延させる結果を得ました.糖尿病の発症に対する抑制効果は大きなものではなかったのですが,長期に飼育すると合併症としての腎症や脂肪肝を著明に抑制することを確認しました. この分子メカニズムとして,食物繊維によって改善した腸内細菌叢が出すSCFAの関与を示唆する研究成果が数多く報告されています.特に,全粒穀類を中心にした食物繊維の摂取は糖尿病の罹患リスクを低下させること,食物繊維により特定の腸内細菌叢が誘導され,糖尿病コントロールが改善することも明らかになっています.高食物繊維食と特別に設計された同じエネルギー食の無作為化臨床試験では,コントロール食に比較して,高食物繊維食ではHbAlcが治療期間に応じて有意に低下する結果となりました.さらに,高食物繊維食では,酪酸産生菌やビフィズス菌なと特定の腸内細菌叢が増加し,グルカゴン様ペプチド1(GLP-1)血中濃度の上昇,インドールや硫化水素など代謝に悪影響を与える化合物の低下がみられました.さらに興味深いことは,特定のビフィズス菌(Bifidobacteriumlongum)や酪酸産生菌(Lachn_ospiraceae)の増加が,こうしたHbAlcの低下やGLP-1の増加と相関することです.糖尿病の治療において食事療法は治療の原点ですが,炭水化物,脂質,タンパク質のカロリー計算に加えて,腸内環境の改善をめざした食事指導が必要なことを強く示唆する結果といえます.酪酸菌あるいは酪酸がなぜ糖尿病に有効かを知るうえで,消化管ホルモンと呼ばれるGLP-1について知っておくことが必要です.腸管にある内分泌細胞から食事の刺激を受けて分泌され,インスリンを介した血糖調節だけでなく,エネルギー代謝,食欲などにも関与し,糖尿病にとっては重要なホルモンです.消化管の中に食べものが入っていると,小腸の腸管内分泌細胞(L細胞)からGLP-1が分泌され,その一部が血液の中を流れて膵臓に運ばれます.膵臓にたどりついたGLP-1は膵臓にあるインスリン分泌β細胞を刺激してインスリン分泌を促し,食後の血糖上昇が抑制されます.このしくみはきわめて巧みにできていて,GLP-1分泌は食後にしか起きません.さらに,GLP-1を分解する酵素DPP4が血液中にあるためにGLP-1が過剰になることもありません.糖尿病の治療では,DPP4阻害薬やこのGLP-1と類似の化合物が使用されています.