「満腹感」を支配するGLP-1などのホルモンについて
ダイエットが思うように上手くいかないという人の悩みの中で比較的多いのが「ついつい食べ過ぎてしまう」というものです。
そもそも私たちは「お腹いっぱい」という満足感や充足感を、一体どのようにして感じているのでしょうか。
そこで今回のコラムでは、「満腹感」に関するGLP-1やその他の消化管ホルモンについて触れてみたいと思います。
食事を摂るとき、摂取した食物が完全に消化・吸収される前(食事開始15-30分後)に飽満感/満腹感を得ます。この早期飽満感の創出には,内臓感覚神経の一種である求心性迷走神経が関与します。求心性迷走神経は、その細胞体を左右の頸静脈孔直下に存在する迷走神経下神経節(nodoseganglion : NG)に置き、各種末梢臓器と延髄(延髄孤束核と最後野)をつなぐ偽単極性神経です.食事刺激は飽満感を誘導する消化管・膵ホルモンの分泌を促進させます。求心性迷走神経は、これらのホルモン分泌組織の近傍まで投射し、局所的に分泌されたホルモンを受容し、神経情報として中枢神経へ伝達して摂食量を低下させるようはたらきかけます。これまでに,食後に分泌が尤進する消化管ホルモンのcholecystokinin (CCK), glucagon-like peptide-I (GLP-1), peptide YY (PYY)は、求心性迷走神経に直接作用し、その情報を脳に伝達して摂食量を低下させることが知られています。
近年,肥満やメタボリック症候群の治療法開発において消化管ホルモンのGLP-1に注目が集まっています。他のコラムでもお話したことがあると思いますが,GLP-1は,主に消化管内分泌細胞(L細胞)で合成・分泌されるペプチドホルモンで,一部は中枢神経(延髄孤束核)でも合成されています.食事刺激によって分泌が促進される腸GLP-1は,血糖依存的なインスリン分泌促進作用(インクレチン作用)に加え,満腹感創出,心血管保護など,有益な効果が示されています。
一方,内因性の腸GLP-1は,生体内のdipeptidylpeptidase-4 (DPP-4)によってすみやかに分解されてしまう非常に不安定なホルモンで,血中半減期はわずか1-2分,循環血中へ移行した際は分泌時の約10%まで減少してしまうことが報告されています。
GLP-1作用を臨床分野で応用するために,生体内で安定な「GLP-1受容体作動薬」が開発されました。GLP-1 受容体作動薬には,ヒトGLP-1型の製剤(liraglutide, dulaglutide, semaglutideなど)とアメリカ毒トカゲ由来のGLP-1受容体アゴニストを鋳型とした製剤(exenatide, lixisenatideなど)があり、それぞれ作用持続時間により短時間作用型(liraglutide,exenatide, lixisenatideなど)と長時間作用型(dulaglutide, semaglutide, 徐放型exenatideなど)に分類されているのも、過去のコラムでご紹介した通りです。
いずれも優れた糖尿病治療効果に加えて抗肥満効果(食欲抑制,体重減少)も有しています。
日本では,糖尿病治療薬としてのみ承認されていますが、欧米では抗肥満薬としてGLP-1受容体作動薬がすでに使用されています。ペプチド製剤であるGLP-1受容体作動薬は注射剤ですが、吸収促進剤を用いて低分子GLP-1受容体作動薬semaglutideの消化管吸収を可能とした「経口GLP-1作動薬」が開発され、日本においても2020年に2型糖尿病治療薬として承認されました。
GLP-1の分解酵素であるDPP-4の活性を阻害することで内因性GLP-1作用を高める「DPP-4阻害薬」も優れた2型糖尿病治療薬です。DPP-4はGLP-1以外のもう1つのインクレチンホルモンであるGIP(glucose-dependent insulinotropic polypeptide/ gas tric inhibitory polypeptide)の分解にも関与し、vrr-4阻害薬はGIP作用も増強させることが知られています。
DPP-4阻害薬は,2型糖尿病の高血糖を改善する一方,体重には影響を与えません。 DPP-4阻害薬が体重を減少させない原因として、GIPのインクレチン作用以外の作用が関与しているかもしれません。これまでの研究で,GIPには脂肪を蓄積させる倹約効果があり、高脂肪食と加齢に伴う肥満に関与し、 GLP-1と異なり摂食量を低下させませんが,動物モデルを用いた基礎研究において、肥満時の過食に関与(視床下部のレプチン抵抗性惹起に関与)していることが示されました。