GLP-1と食欲抑制について
内因性GLP-1は不安定なホルモンであるため、GLP-1作用を研究する上で制限があり,GLP-1受容体作動薬が重要なツールとなってきました。
GLP-1作用には,血糖依存的なインスリン分泌促進,摂食抑制,胃排出抑制、ナトリウム利尿増加、心血管保護作用、炎症抑制、神経保護作用に加え、中枢機能(記憶学習,報酬,嗜好性)など多岐にわたります。
本コラムでは,インクレチン作用と摂食抑制作用に焦点を当ててお話をします。
膵臓ランゲルハンス島のβ細胞にGLP-1受容体は発現し,単離膵島実験(細胞レベル)や膵灌流実験(臓器レベル)にてGLP-1を投与すると血糖依存的にインスリン分泌が促進されます。
そして,生体へGLP-1を投与するとインスリンは分泌促進されます。
2014年Smithらは,膵β細胞特異的GLP-1受容体ノックダウンマウス(MIP-CreER;Glplr flox/flox)を用いて,生体レベルでのGLP-1のインスリン分泌促進作用における膵β細胞のGLP-1受容体の関与を検証しました。その結果,GLP-1腹腔内投与(10μg/マウス,約150nmol/kg)によるインスリン分泌促進作用は,膵β細胞特異的GLP-1受容体ノックダウンにて完全に障害されました.したがって,薬理量を投与したGLP-1は膵β細胞のGLP-1受容体に直接作用してインスリン分泌を促進させることが示されました。
GLP-1受容体作動薬のliraglutideをマウスに投与すると,膵β細胞のGLP-1受容体に結合することが報告されています.次にSmithらはliraglutideの耐糖能向上作用における膵β細胞のGLP-1受容体の関与を検証しました。
Liraglutide (50 nmol/kg, 腹腔内投与)の耐糖能向上作用は、GLP-1受容体全身欠損マウスで完全に消失しましたが,膵β細胞特異的GLP-1受容体ノックダウンマウスでは半減するに留まりました。したがって,GLP-1受容体作動薬のインクレチン/耐糖能向上作用においては,膵β細胞のGLP-1受容体とその他臓器のGLP-1受容体の関与が示唆されました.GLP-1/GLP-1受容体作動薬の摂食抑制作用に関しては,これらの食欲中枢への作用が考えられます。GLP-1 受容体は中枢神経に広く発現しており,加えて,自律神経や腸間神経にも発現しています.Sisleyらは,すべての神経に発現するGLP-1受容体発現をノックダウンさせたマウス(nestin-Cre;Glplr flox/flox)および求心性迷走神経を含む自律神経に発現するGLP-1受容体発現をノックダウンさせたマウス(phox2b-Cre;Glplrflox/flox) を作製し,GLP-1受容体作動薬liraglutideの摂食抑制作用を調べました。
Liraglutide (約100nmol/kg, 皮下投与)の摂食量抑制作用は,phox2b-Cre;Glplrflox/flox マウスでは観察され,nestin-Cre;Glplrflox/floxマウスでは消失しました.Secherらは,迷走神経求心路を外科的に障害させたラットと偽手術ラットにliraglutide (50 nmol/kg, 1日2回)を皮下投与すると同程度に体重を減少させることを報告しています.さらにWilliamsらは、GLP-1受容体作動薬exendin-4(exenatide)の求心性迷走神経への作用を報告しており,exendin-4を単離した求心性迷走神経細胞に添加しても神経は活性化されず,マウスヘ腹腔内投与してin vivoイメージングにて求心性迷走神経の活動を評価しても活性化する神経は検出されませんでした。したがって,GLP-1受容体作動薬は求心性迷走神経などの自律神経系を介さ、中枢神経系への直接作用が示唆されました。
GLP-1の血液脳関門の通過は制限されていることが報告されていますが、蛍光標識されたliraglutideを皮下投与すると,摂食調節を司る視床下部弓状核と室傍核のGLP-1受容体に結合しました。
そして、GLP-1受容体阻害剤〔exendin(9-39)〕を弓状核に注入すると、室傍核への注入と比較して、liraglutideによる体重減少が減弱しました、したがって,GLP-1受容体作動薬は視床下部弓状核に直接作用し,摂食を抑制し、体重を減少させると考えられます。GLP-1受容体作動薬は悪心・吐き気・心拍数増加などの副作用が報告されていますが、この作用は注射剤だけでなく、新しく開発された経口GLP-1受容体作動薬でも同様です.マウスを用いた研究より、liraglutide (100 nmol/kg, 皮下投与)による嫌悪行動は自律神経特異的GLP-1受容体ノックダウンマウス(phox2b-Cre; Glplrt1ox1t1ox)では観察され、神経特異的GLP-1受容体ノックダウンマウス(nestin-Cre; GIp1r nox1nox)で消失しました。
したがって、GLP-1受容体作動薬の中枢神経に発現するGLP-1受容体シグナリングが嫌悪(副作用)の主な原因と考えられています。