筋トレはどの範囲まで動かすのが良いか
今回は、筋トレの動作について、筋肉や関節をどの程度まで動かせば良いか、という「筋トレの可動域」についてのお話をしようと思います。
筋トレは、器具やマシンを使って行う屈伸運動が基本となりますが、関節を「どの範囲まで動かすか」によって、筋肥大の効果も大きく左右されるのではないか、ということを考えてみたことはないでしょうか。
関節を動かす範囲には、可動域いっぱいに曲げ伸ばしする「フルレンジ」と、中間の角度で動かす「パーシャルレンジ」があります。どちらの方法がより効果的なのかはこれまで、トレーナーや専門家の間でも、意見が分かれるところでした。ちなみに、比較的ラクなのは、パーシャルレンジですが、これは、経験的にお分かりになることでしょう。実際に、筋肉の構造からこの可動域について考えてみると、これは筋肉の「長さ」と、筋肉の「収縮力」が影響しています。筋肉は大きいほうから筋線維、筋原線維という階層構造になっています。
最も小さな筋原線維のなかには、筋タンパク質のアクチンからできた細い繊維、ミオシンからできた太い繊維があり、これらが1つの単位となってサルコメアが構成されています。筋肉の収縮は、無数にあるこのサルコメアによって生じています。
ミオシン・フィラメントからはミオシンの頭が突き出ており、2つのフィラメントが重なり合うとミオシンの頭とアクチン・フィラメントが繋がり、クロスブリッジが形成されます。これによってフィラメントの滑り運動が生じ、筋肉が収縮するのです。
そして、ミオシンとアクチンが最も重なり合う筋肉の長さを「生体長」と言い、筋肉が生体長にあるときは最大の収縮力、つまり最大の筋力が発揮されます。生体長より長くても短くても、発揮される力は減少します。
例えば、アームカールという筋トレは、主に上腕二頭筋を鍛える目的で行うトレーニングですが、その筋肉の長さは肘関節の角度によって決まります。肘の可動範囲は0度から130度までありますが、中間域である70度付近が上腕二頭筋の生体長となり、最大の筋力が発揮される角度となります。
そのため、アームカールを行う場合、しっかり曲げるフルレンジよりも中間の角度で小さく動かすパーシャルレンジで行うほうがラクに感じるのです。これは、スクワットやベンチプレスなどでも同じです。また、最初はフルレンジで行っていても、を動かす範囲が小さくなったという経験をもつ人も多いでしょう。それは、私たちの身体が無意識に、最もラクにパワーを発揮できる生体長の範囲に動きを合わせようとしているからなのです。
以前にもお話ししたように、トレーニングによる筋肥大は総負荷量、すなわち「トレーニングの強度(重量)X回数Xセット数」によって決まります。
ノルウェー科学技術大学のウェスタッドらによると、僧帽筋( 上肩部の筋肉 )に低強度の負荷を持続的に与えて筋疲労を生じさせると、小さな運動単位のみならず、次第に大きな運動単位も動員されていく「運動単位のサイクル」が生じることを報告しました。つまり、低強度でも 、運動回数を増やして疲労困態まで行うと 、小さな運動単位のはたらきを助けるように大きな運動単位が動員されることが示唆されたのです 。
また 、イギリスのサウサンプトン・ソレント大学のフィッシャーらは運動単位のサイクル」に関する前述のメカニズムをまとめてレビュー 、低強度トレーニングでも疲労困憊の状態になるまで行うことですべての筋線維を収縮することが可能となり 、高強度と同等の筋肥大の効果が得られると推察し 、ウェスタッドらの示唆を後押ししています。
そして、強度だけでなく、近年の研究ではここに関節を動かす範囲も影響することが分かってきました。
2012年、関節可動域とトレーニング効果についての報告をブラジルのフェデラル大学のピントらが行い、現在では「筋肥大を目的としたトレーニングは、フルレンジが効果的である」と推奨されているのが一般的です。たしかに、パーシャルレンジは生体長に近い運動範囲となるため、フルレンジよりも大きな筋力が発揮でき、より高強度のトレーニングを行うことができます。ところが、関節を動かす際に使われる筋肉の総負荷量を見ると、パーシャルレンジよりもフルレンジのほうが高いことがデータで示されています。こうしたことが、筋肥大を目的としたトレーニングにおいてフルレンジが推奨される理由となっています。